前回の記事から少し時間が空いてしまいまして、申し訳ございません。 某県に転勤後、若手研究会に入ったこと、 古典詰碁の碁経衆妙、官子譜、玄玄碁経をやったことまでを書いたかと思いますが、 当時の世界アマで県代表になることがようやく出来ました。 準決勝までは順調に勝ち進んだのですが、決勝ではまずい碁を打... 続きをみる
しんちゃんの碁のブログ記事
しんちゃんの碁(ムラゴンブログ全体)-
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私は転勤で某県に行くことになったのですが、そこは田舎の工業地帯で、 正直、囲碁を打てるのだろうかと大変危惧していたのですが、 近くの工場に勤めていた別の旧帝大出身の人と偶然出会い、 若手研究会をやろうとしている人たちがいると案内されて、一緒に行くことにしました。 そうしたら、かつて全国大会の団体戦... 続きをみる
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しんちゃんの碁 ~ 社会人になって急に碁が弱くなった。茂呂有紗さんには勝ちましたが。
どこかの旧帝国大学では、修士課程まで進み、 当時は教授推薦で企業に入れる時代でしたので、すぐ後に来るバブル崩壊によって 会社に入れない方々が続出する時代が長く続きましたから、私は幸運でした。 が、会社に入ってから全く囲碁を打つ機会が減りました。 配属は千葉県でしたので、Y2師匠のところに行こうと思... 続きをみる
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しんちゃんの碁 ~ 苦学生と囲碁の両立は無理だった。そして、母の死。。。
私は無事に旧帝国大学のどこかに無事に入学できましたが、 親戚は大叔母さんで、年金暮らし。 私は超貧乏家庭で育ったため、実家からの仕送りは1円もなく、 家庭教師、塾講師のアルバイトと、奨学金で毎月何とか乗り切っていました。 授業料免除も受けないといけない状況でしたので、勉強もかなり必死にやりました。... 続きをみる
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私は受験勉強を始めたのが、高校3年生の夏でした。 家庭は超貧乏だったので、国立大学でしかも現役が絶対条件でした。 ある時にふと本屋さんに寄ったら、いわゆる「赤本」が置いてありました。 まず、ダメもとで東大の問題を見たのですが、出題している意味すら理解できずに却下。 次に京大を見たのですが、時間を掛... 続きをみる
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私は前回書きましたように、N先輩から声を掛けられて、 進学校と言われるX高校にギリギリ受かりましたが、 周りは頭の良い人ばかりでびっくりしました。 中学の担任が、「あんたにはX高校は無理だ」と言われたのは一理ありました。 高校では囲碁部に入りましたが、N先輩は新聞部と囲碁部を掛け持ちしていて、 3... 続きをみる
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小学1年生の時の主要5科目の成績は、オール3。 ものすごく平凡な小学生だったと言えます。 因みに、私には2学年下の弟がいるのですが、弟はめちゃくちゃ頭が良かったようで、 幼稚園のIQテストが終わった後に、母が呼び出されたと記憶しています。 そのせいもあってか、母は私だけには「勉強しろ!!」といつも... 続きをみる
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Y2師匠とN師匠のところに、小学4年生くらいから通い始めたのは、 前回お話しした通りなのですが、私が中学生になった時、 Y2師匠から「君、詰碁やっているかい?」と聞かれました。 当時は囲碁の本は全く充実しておらず、自分の棋力に合った本など皆無の時代でした。 詰碁の本も殆どなかったと記憶しています。... 続きをみる
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しんちゃんの碁 ~ 子供の頃の棋風と、当時の大スター 趙治勲先生
私が子供の頃は、趙治勲先生がタイトルを取りまくっていた時代で、 私には完全に憧れの大スターでした。 その頃の趙治勲先生の棋風は、ご存じの方も多いかと思いますが、 「徹底的に実利を取って、相手の模様の中にドカンと入ってしのぎ勝負」 というのが定番であり、武宮先生との死闘も思い出されますし、 毎回毎回... 続きをみる
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Y1師匠から「プロの修行」を断ってしまった以上、 Y1師匠のお宅には流石に生き辛くなり、 父が最初に探してくれた碁会所のもとに戻りました。 そこの碁会所に以前から出入りしていたおじさんが、 「(所謂イモ筋おじさんばかりだから)君はこういうところに居てはいけない」、 と言って、次の師匠に当たるY2師... 続きをみる
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Y1師匠のところに通い出したのが、小学1年生くらいで、 私が小学4年生くらいになった頃に、何故かY1師匠が毎日のように母のところに 来るようになりました。 Y1師匠のお宅までは、子供の自転車で30分くらいはかかっていたと思うのですが、 Y1師匠は犬を連れて散歩がてらに来ていたのですが、子供ながら「... 続きをみる
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Y1師匠のところに、毎週土曜日に通いました。 指導方法は、私が確か4子くらい置いて、1局打って検討をみっちりしてもらい、 もう一局、同じようなことをして、一日に2局打つこととなっていました。 Y1師匠曰く、「囲碁は沢山打つと碁が荒れるから、せいぜい1日に2局くらいが良い」 とのお教えでした。 Y1... 続きをみる
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父が探してくれた碁会所に、突然、格調高そうなご老人が現れました。 その方はから、「4子置きなさい」と言われ、子供ながらにも4子も置けば勝つだろうと 思っていたのですが、綺麗に負かされました。 しかも、その碁会所の方々の打ち筋とは全く違い、 碁がすごく綺麗で、とんでもなく強いお爺さんだと思いました。... 続きをみる
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私の囲碁人生がどうだったかなど、そうでもいいことではありますが、 SNSで通じ合った方からリクエストがありまして、 「ヒカルの碁」ならぬ、「しんちゃんの碁」なるものをゆるーく書いていこうと思います。 私が囲碁を始めたのは、6歳頃だったでしょうか。 父から、囲碁、将棋、麻雀を同時に覚えさせられました... 続きをみる